昨今、外国の投資ファンドや外国企業による日本企業買収が目立つ。田辺三菱製薬の売却話では世界的な大手ファンドのブラックストーンとベインキャピタルが入札に参加する、と報道されたし、ホンダと日産自動車の経営統合話でも、以前、シャープを買収した台湾のホンハイ精密工業が日産自動車の買収を狙っている、という話が伝えられている。
なかでも大いに話題になったのは、カナダのコンビニ大手アリマンタシオン・クシュタールによるセブン&アイ・ホールディングスの買収話だ。なにしろ、金額が莫大だ。クシュタールが提示したTOB価格が6兆円を超えるが、セブンイレブン側から「安過ぎる」といわれ、7兆円に引き上げだ。
周知のようにセブンイレブンは世界一のコンビニだ。かつて伊藤母子が東京・千住で始めた洋品店がスタートで、その後、出版取次大手のトーハン出身の鈴木敏文氏が入り、以来、関東を中心にスーパーのイトーヨーカ堂を展開。さらに鈴木氏はアメリカのセブンイレブンと提携し、国内各地にコンビニをつくり上げたばかりか、本家、アメリカのセブンイレブンが破綻したとき、本家を立て直した人である。むろん、そのとき以来、セブンイレブンは世界一のコンビニになった。
鈴木氏は数字に明るく、インタビューでやたら数字を持ち出すので、小売業担当記者の間では「面白味がない」などとも言われた。確かに鈴木氏は何が売れ、何が売れないか、を把握し品揃えをしていたし、どこよりも早く、POSシステムを導入するなど、優れた経営者だった。だが、社内で社長を解任され、社長が替わった。それでも可もなければ不可もない。世界一のコンビニであることには今も変わりない。
今回、クシュタールのTOBに対して、どうするのだろうな、と思っていたら、創業家がMBOで対抗するという。7兆円にも上る金額では、金額が大きすぎて、さすがにTOBに対抗してくれるホワイトナイトも出てこないだろうし、創業家側も8兆円にも上る資金を工面するのは大変だろう、と同情したくもなる。
それにしても、なぜこんなに日本企業買収に熱心なのだろう。実は、この数年、ボストンやニューヨークでは「日本企業ブーム」が起こっているのだ。理由は表向き、「日本企業はコロナ禍でもポストコロナでも意外に健全、堅実だ」というのだが、本心を聞くと「円安だから」と答えてくれる。そう、日本企業が買収の対象になるのは円安のせいなのだ。
第2次安倍内閣が成立した2013年までは1ドル=90円、96円の時代だから、外国人が1ドル金貨を持って100円ショップに行っても何も買えなかった。ところが、今では1ドル金貨を握りしめて100円ショップに行くと、ひとつの商品を買えたうえ、50円(33セント)のお釣りがくるのだ。つまり、ドルを使う世界から見れば、日本の商品は3割引きといえる。
物価高騰の折、夕方、スーパーに行くと、売れ残ってきた商品には1~2割引きの値引きシールが付いている。ドルを持つ外国人にとってはこうした1~2割引きどころか、3割引きになるのだから、まさに大安売りなのである。テレビでは「外国人旅行者が急増している」「中国人は少なくなったが、世界中から観光客が日本に来ている」、さらに「値段が張る抹茶が飛ぶように売れている」「富士山登頂に入場料を取るようになったが、外国人は引きもきらない」等々、手放しで喜んでいる。当たり前だ。今、外国人の目には日本に行けば、すべての商品が3割引きで買える、ということになるのだから、外国人観光客が増えるのも当然だし、日本商品が売れるのも当たり前だ。頭でものを考えないテレビのバカさ加減がわかる。
企業買収も同じである。安倍内閣以前は、セブンイレブンを買収しようとすると、たとえば、6兆8000億円となれば、680億ドル必要だったが、1ドル=150円の現在は453億ドルで済む。ざっと230億ドルもの節約、いや、値下げなのだ。ボストンやニューヨークでドル資金を集め、日本企業の買収を狙うファンドや企業にとって日本はゼロ金利下ではもう利下げすることはない。利上げしかない。利上げすれば、黙っていてもドル換算では儲かる。もしアメリカが景気対策として政策金利を上げれば、さらに円安に進むから、もっと日本企業を買収すればいい、という発想になるのだ。
むろん、そんなに借金したら、と心配する向きもあるだろうが、なに、外国の投資家は頭がいい。日本国債を買って、それを担保に日本の銀行から超低金利の円を借りればよい。それが欧米の投資家の考えだ。ハッキリ言えば、円安とは日本企業売り、日本売りなのである。
米ドル、カナダドルの世界のクシュタールに狙われたセブンイレブンは気の毒としか言いようがない。買収防衛策としてMBOを行なうと宣言した創業家側が海外にドル預金を持っていれば、それを円に替えて防衛できるだろうが、それがなければ、銀行や商社から8兆円以上の資金を借りなければならず、金策が苦しいだろうな、と察する。
むろん、物価の値上がりも円安効果だ。農産品は猛暑の影響だが、ガソリン代もガス・電気代の値上がりも円安がもたらしている。ニューヨークの原油相場は1バレル(約159リットル)78ドル程度で、コロナ禍の90ドルから見たら値下がりしているのと対比すれば、ガソリン代が値上がりしているのはおかしい。本来、ガス代も電気料金も原油、LNG価格によるが、世界の原油価格はそれほど値上がりしていない。むしろ値下がり気味でさえある。国内での値上がりはほとんどが円安がもたらした弊害だ。つまり、国民が高値で物価を買うことで穴埋めしているのである。
先日、日銀は政策会合で利上げを見送った。植田和男日銀総裁はその根拠に「トランプ次期大統領がどんな政策を打ち出すかを見る必要があり、(時期は)1ノッチ(段階)欲しい」と語った。だが、正直にいえば、バカか、と言いたい。完全に学者バカだ。金融通であれば、「金利を下げられるようにするために利上げしておく」という発想、手法があるのだ。もしトランプ次期大統領がドル金利を下げたら円を防衛するために金利を下げられる。逆にドル金利を上げる政策をとったときには、傍観するか、同調して国内金利を上げればよいのである。
植田総裁は学者出身だから、市場から上がって来る報告を読んでから対策するという発想しかできない。瞬時を争う金融通なら、金利を下げるために金利を上げておく、金利を上げるために下げておく、という発想が採れないのだ。かつて自民党の金丸副総裁から「景気が悪いのに金利を上げるな」といわれたとき、時の日銀総裁は「金利を下げるために、少し上げておく必要もある」と、0.25 %の金利引き上げの理由を語ったこともある。日銀総裁にこういう柔軟な発想がないことは、物価高に苦しむ国民にとっても、外資に狙われる企業にとっても、不幸としか言いようがない。(常)